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2008.06.16

追悼・駒ノ湯温泉

 岩手・宮城内陸地震で、土砂崩れに巻き込まれて建物が倒壊し、多数の犠牲者が出た、宮城県栗原市の駒ノ湯温泉。ここは、1990年8月7日に、レイルウェイ・ライター種村直樹氏と宿泊した宿でした。

 その頃はまだ栗原電鉄だったくりこま田園鉄道に乗り、栗駒駅から1日2本のバスに乗って目指した温泉宿。そこは、期待に違わぬ素晴らしい宿でした。当時、僕は浪人中の身で、山奥の静かないで湯は、性格に合わない受験勉強ですり減らした神経を、たっぷり癒してくれました。

 追悼の意味を込めて、その時の駒ノ湯温泉の様子を、種村さんの著作「気まぐれ列車も大増発」から引用・紹介します。文中に登場する「フロント氏」は、今回犠牲になった菅原孝夫さんと思われます。本当に、残念です。

 なお、引用については、著者である種村さんの了承を得てあります。

-------------------------------------- ここより引用 ------------------------------------
「くりこま荘」を経て、「元湯駒の湯」玄関前の回転場に着いたのは16時前。日射しは強いが、風は心地良い。標高九〇〇メートルとかの檜枝岐のむし暑さとは雲泥の差である。

「いえいえ、こちらも昨日はむしたのです。ずいぶんしのぎ良くなりました。明日は山へいらっしゃいますか?」

「元湯駒の湯」フロントの男の人は、若主人なのかどうか、じつにてきぱきとした応対である。余計なことを何ひとつ言わないのもいい。山といっても登山客には見えなかったようで、朝一〇時のバスでいわかがみ平へ上がると二〇分ほど時間があり、そのバスが駒の湯一〇時五八分の栗駒駅ゆきになるとの説明だった。行者滝まで歩くと約7キロ、一時間以上かかるようで、すべては明日になって決める。

 案内された部屋は西日が射し込んでいたが、日が落ちれば涼しさ保証つきとのこと。

(中略)

 一人旅の気分を味わってきますと景が散歩に出かけ、僕はのんびり浴場へ向かう。初めての温泉場は、どんな湯舟か湯の質か楽しみなのだが、「元湯駒の湯」は期待を裏切らなかった。木の湯舟に、心もち白濁し、小さな湯の花が浮いた湯があふれ、ぬる目なのもありがたい。石膏硫化水素泉とある。さすがの僕でも、脱衣場へ戻ってタオルで肌をぬぐうと汗がしずまるのだから、かなり涼しいのだ。

 西日の部屋は避け、ロビーのソファーに座を占めて、ビールを所望。宿のスタンプをはがきに押しながらグラスを傾けていたら景が帰ってきた。”一人旅”にしては早々の帰還だが、工事中で河原へ降りられなかったとか。

「うちを出たのは昨日だよねぇ」
「何かずっと旅行しているみたいで、信じられませんね」

 こんな会話を交わす。昨日があまりにも長く、今日は深山の中で、とびきりのどかに過ごしているので、感覚がにぶってくる。

 フロントには「満室」の表示が出ている。バスで来たのは僕たちだけで、宿の中にもあまり人の気配がないから、貸切バスでも着くのかと思っていると、ぱらぱら家族づれやペアがはいってくる。ここも、ほとんどのお客が自家用車なのだった。
 一八時に食堂で早い夕食。イワナの塩焼きなどをおいしく食べる。暑中、残暑見舞いはがきの返事をしたためる。

(中略)

 いつの間にか眠り、警報機ならぬ屋根をたたく音で目覚めた。もう白んでおり、時刻が昨日とまったく同じ五時四五分だったのはおもしろいが、驚いたことに雨がしとしと降っている。台風11号の前ぶれかもしれない。

 八月八日、水曜日の朝になった。景は、ぴくりともしない。浴場へ行くと、皆夜が早かったとみえ、先客が三人もいた。降りましたねぇが、朝のあいさつ。そして書きかけのはがきのつづきに精を出す。よくしたもので、朝食時間の七時前には景も起きた。

 朝食には魚の甘露煮が出て、二食付き六五〇〇円は安い。安いだけでなく従業員が気持ち良い。ほとんどアルバイトとパートばかりのようにみえるが、きびきびしている。九時ごろ、部屋の掃除が始まったが、バスの時間まで使っていいかと尋ねると愛想良くあとまわしにしてくれた。もうひとつ感心したのは宿のジュース類の自動販売機が町値段の一〇〇円だったこと。都会の宿でも、こんな値段はまずないのに、なんと良心的なことか。

(中略)

 「今回は湯治でしたか?」

 ロビーでバスを待っていると、フロント氏が問いかけた。昨夜来、レイルウェイ・ライターと見抜かれている感じがしないでもない。

「ええ、まぁ。六回はいりましたよ。じつに気持ち良くって。今日は栗原電鉄に乗ります」
「六回ですか……」

 あきれたのかどうか、話はそこまでになった。
------------------------------------ 引用ここまで ------------------------------------
種村直樹著『気まぐれ列車も大増発』(実業之日本社/1992)
「浪人リフレッシュ気まぐれ列車」より

 もう一人、同宿で犠牲になった、鉄道博物館学芸員の岸由一郎さん。彼は、昨年10月に放送された「タモリ倶楽部 超先行潜入!鉄道博物館」で、案内役を務めておられました。その時の様子を、YouTubeから紹介します。3分50秒あたりから、岸さんが登場します。



こちらは、著作権的にはアウトですが、できればこのまま残しておいてもらえることを望みます。

 改めて、犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りします。

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Tracked on 2008.06.16 at 20:58

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