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2008.04.13

武蔵五日市「石舟閣」跡

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正面の空き地が、「石舟閣」の跡

 じいちゃんの四十九日法要。父方の故郷であり、栗原家の墓地がある武蔵五日市に行ってきた。

 うちの家系は、かつて秋川の河畔で「石舟閣」という旅館を営んでいた。昭和2年創業の高級割烹旅館で、戦前は文人や官僚、軍部高官らが利用する、隠れ宿だったらしい。戦時中には東条英機などの政府高官・陸軍幹部がたびたび密議の場所として利用し、「夜の大本営」と言われたそうだ。

 子供の頃は、夏休みになると家族や親戚と来て、石舟閣前の河原で川遊びを楽しんだものである。じいちゃんは鮎の友釣りが趣味だったが、家族で来たときは手軽なウグイの脈釣りを楽しんでいた。

 長らく遠縁の親戚が経営していた「石舟閣」だったが、時代の流れとともにその役割を終え、五年ほど前に閉館した。日本庭園を配した趣ある建物は全て取り壊され、今はほとんど更地になっている。

 法要の前に、時間があったので石舟閣跡を訪れてみた。子供心には、城のように巨大で威厳ある建物に感じていたが、更地になったかつての敷地を歩くと、思いのほか狭く感じる。駐車場跡に残る看板がなければ、ここがその場所だったとはわからないかもしれない。

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 なんとなく、ピンと来ないまま更地を歩いていたが、河原が見えるところまで来ると、急に懐かしい気分に包まれた。

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左手の、釣り人の上にある岩場が、僕らの遊び場だった

 秋川の河原は、昔のままの姿だったからだ。

「あの左側の、3つの岩からよく飛び込んだよなあ」

 さっきまで完全に忘れていた、昔の記憶がよみがえる。あのあたりで、流されそうになったこともあったっけ。

 よく見れば、河原には、旅館が使っていた生け簀も残っていた。どこかの父子が、釣りを楽しんでいる。昔に比べると、格段に立派な釣り竿が印象的だった。

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河原に残る生け簀の跡(写真手前)

 武蔵五日市駅からの道もわかったし、これからは時々五日市線を訪れ、じいちゃんの墓参りと河原の散策を楽しむことにしよう。

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