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2006.01.30

ドトールコーヒー、韓国撤退

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 というわけで、2ちゃんねるからいただいたネタ。ドトールコーヒーが韓国から撤退するそうだ。

ドトール、韓国企業とのライセンス契約解消・品質水準満たせず
 ドトールコーヒーは27日、1月末で韓国から撤退すると発表した。ライセンス契約を結んだ現地企業がドトールの想定する商品の水準を満たせず、ブランドイメージが傷つくと判断した。契約を希望する企業が現れ次第、再進出する。
(日経ネット)

 実は、昨年末行きつけの明洞2号店を訪れた際、心なしかくたびれた印象を持った。いつまでたっても客が定着しないので、やる気をなくしたのかなあと心配していたのだ。

 ドトールは、「品質水準満たせず」と、ライセンスを供与した企業に責任があるとしている。たしかに、サイドメニューや接客などのクオリティは日本に比べると落ちたが、明洞の2店舗に限って言えば、「ブランドイメージを傷つける」ほどだったかは疑問だ。ドトール側に、韓国の風土に合わせる努力が足りなかったのではないか。韓国のドトールは日本のそれにそっくりだったが、例えばソファタイプの座席を導入するといった独自の工夫は、ほとんど見られなかった。単純に日本のドトールを韓国に持ち込んで、事足れりとしてはいなかったか。

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 景福宮からの帰り、「ドトーリコーヒー」こと清進洞店に寄ってみた。
 ソルラルとあってお客は少なく、日本人の若い男性が1人でコーヒーを飲んでいるだけだった。彼、きょろきょろしていたけど、もしかしてネラーだったりしないかな。

 2年前に韓国に進出したフレッシュネスバーガーは、年々人気が高まっている。ドトールの再起に期待したい。

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韓国の旧正月2006

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 3年ぶりのソルラル(旧正月)。
 昨日、帰省ラッシュの様相が変わったと言ったが、思った通り、ソルラルの風景も、3年前とは少し変わっていた。

 けっこう、店が開いているのだ。

 梨大正門前の通りこそ、開いている店はファストフードとスタバくらいだったが、路地を入るとジョルダーノを始めそれなりに多くの店が営業していた。

 そして、明洞はやはり明洞だった。

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 こちらは、休んでいる店のほうが少ない。主だったところで休んでいたのは、MISSHA、アディダスくらいのもの。ブティック、コスメ、屋台、すべて営業していた。さすがはソウル最大の繁華街である。

 南大門市場は、さすがに8割以上の店が休んでいたが、それでもいくつかの店と屋台が商品を並べ、観光客も歩いていた。

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2年前の、同じ場所の写真と比べてみましょう

 この分だと、あと3~4年もすれば、ソウルの繁華街からソルラルは消えてしまうことになりそうだ。便利になるのはいいけれど、なんとなく、寂しい気もする。

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 間違えてソルラル当日にソウルを訪れてしまった人は、一昨年紹介した景福宮ではなく、忠武路の南山ゴル韓屋村を訪れることをおすすめする。伝統韓屋の敷地内で、餅つきや雑煮作り、ユンノリやノルティギなどの伝統遊び体験、先祖を祀る茶礼床の展示・解説など、韓国の正月行事のすべてを体験することができる。

 韓屋村のイベントは、毎年ソルラル当日を挟んだ3日間行われている。

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2006.01.29

南大門市場のサジャ

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トラックの下から、「ぷぎゃー」という声が聞こえた。

南大門市場D棟向かいのみやげ物屋、「ノリのり天国」の前にいるドラネコだ。

もとは飼い猫だったが、何カ月か前に市場に捨てられたらしい。

ノリのり天国の兄ちゃんが日本に留学したことがあり、日本ですっかりネコ好きになったおかげで、外ネコとして飼われることになったそうだ。

もとはもう少し短かった毛が、冬になってあっという間にモコモコになり、かなり迫力ある姿になった。

名前を聞き忘れたので、勝手にサジャ(ライオン)と呼ぶことにした。

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元飼い猫だけあって、人なつっこい。

ヤンマル、ドラ、サジャと、韓国にも人に愛される外ネコが少しずつ増えているのかもしれない。

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ソルラル前日

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28日16時ごろのソウル駅

 日付が変わって、ソルラル(旧正月)。ソウルでソルラルを迎えるのは、2003年以来、3年ぶりだ。

 3年前は、デジタル一眼レフなんて持っておらず、写真をたくさん撮る習慣もなかった。僕が持っているソルラルらしい写真といえば、2年前のエントリで使った2枚くらい。その割に、「旧正月の写真を借りたい」という依頼が多いので、今回ソウルに残って写真を撮ることにしたというわけだ。

 ソルラル前日にあたる28日、市内を歩いてみたが、どうも3年前と雰囲気が違う。あのときは、ソルラル前日まで市場やデパート、ソウル駅などは人でごった返していたものだ。

 もちろん、今年も、そういう風景は見られた。だが、明らかにその人数は少なかった。

 ソウル駅などは、普段の週末より人が少ないくらいで、拍子抜けしたほどだ。

 21時のMBCニュースを見たら、やはり今年は帰省の分散化が進んでいるらしい。高速道路も夜までにラッシュはほぼ解消し、むしろ普段より車が少ないほどだと言う。僕がソウル駅で感じたことと同じだ。

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MBCニュースの映像から

 3年前は、「帰省の時期をほんの少しずらせば、釜山まで車で10時間なんてことにはならないのになあ」と思ったものだ。今日20時の時点で、釜山までの所要時間は4時間半。完全に、普段と同じである。

 Uターンラッシュは、今日の午後から始まるらしい。

 韓国にも、時差帰省の時代がやってきたようだ。

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2006.01.28

アクセス集中?

カジノの話を書いたら、アクセスが急増。

なんだか、すごいことになっている。

みんな、そんなにカジノが好きなのか!

と、思ったら、どうやら「2ちゃんねる」のどこかのスレに貼られたらしい。

しかも、2年も前の「ドトーリコーヒー」のエントリだ。もう、終わった話題なのだが。

どうせなら、「考えるクマー」のほうに来てくれれば良かったのに。

えー、2ちゃんから来てくださった皆さま、どこのスレからいらしたか、詳細キボン(死語)。

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セブンラック・カジノ オープン

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 今、韓国はカジノ戦国時代。

 昨日27日、ソウル・江南のコエックスに、韓国観光公社系列の外国人専用カジノ、「セブンラック・カジノ・ソウルコエックス」がオープンした。実は、今回の突然の訪韓は、このセブンラック・カジノの取材会だったのだ。

 ソウルのカジノといえば、市北東部のシェラトン・グランデ・ウォーカーヒル・ソウルにあるウォーカーヒルカジノが有名だが、市中心部からかなり離れており、ちょっと気軽に立ち寄るという感じではなかった。

 ところが、セブンラック・カジノは、コエックスにオープンした後、5月には南大門市場近くのミレニアム・ソウル・ヒルトンに2号店をオープンする。6月には釜山ロッテホテルにもできる予定で、カジノは今までよりずっと身近な観光素材になるだろう。既存のウォーカーヒルカジノも、セブンラックのオープンに合わせてフロアの全面リニューアルを実施した。

 セブンラックは、とにかく観光客が気軽に楽しめるカジノを目指しているそうだ。取材会でも、安全性を特に強くアピールしていた。セキュリティの責任者はアメリカ人で、すべてのテーブルは、複数の人間がある方法でチェックしているそうだ。職員はほぼ全員日本語を話せ、韓国の伝統文化をイメージしたというインテリアも、明るい。

 ただ、それだけで観光客がわんさかカジノに来るかというと、それはちょっと疑問だ。

 あくまで僕の印象だが、僕にとっては、カジノはまだまだ敷居が高い。

 パチンコをやらないからかもしれないが、カジノには「賭博」というイメージがまだまだあるし、安い安いと言いつつも、やっぱりお金がかかる印象がある。

 セブンラックでは、観光客が気軽に遊べるように、ミニマムチャージ(最低賭け金)をスロットマシーンは500W、ルーレットは2500Wに設定している。

 しかし、スロットマシーンは次々と当たるものではないからパチンコに比べて面白みに欠けるし、ルーレットは2500Wのコインひとつだけを賭けるのは、いかにもみみっちい。やっぱり、数枚のコインをまとめて……つまり、1万Wくらいの単位で賭けないと悪いのではないかと思ってしまう。ブラックジャックやバカラに至っては、もともとミニマムチャージが1万Wで、これは観光客が気軽に楽しむレベルを超えている。

 本当に観光客を呼びたければ、100円単位で遊べるテーブルを設けたり、換金不可のコインクーポンを、5万W分くらいずつツアー客に配るといったサービスが必要になるだろう。

 と、まあいろいろ書いたが、セブンラックにはかなり期待している。日本マーケット担当の職員が、とても可愛かった熱心だったからだ。あまりの熱心さに心打たれた僕は、取材会終了後も、何度となく携帯メールでインタビューを試みている。あまり返事が返ってこないのは、オープン直前で忙しいのに他ならない。

 この前は、写真撮影に忙しく何も遊べなかったので、帰国までに一度行ってみようと思う。30日には、ハン尚宮ことヤン・ミギョンも来るそうだし。

 行ってみたら、またレポートしよう。

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2006.01.27

高級ホテルへの忘れもの

 昨日チェックアウトしたコエックスインターコンチネンタルホテルを、再び訪ねた。

「お忘れものですか。お部屋の番号はわかりますでしょうか」

 そうなのだ。昨日チェックアウトした際、部屋に忘れ物をしてしまった。昨日の夕方の時点で気がついていたのだが、どこに置いたかも覚えているし、特1級ホテルならなくなることはまずない。

「申し訳ございません。お泊まりのお部屋には、とくに忘れ物の届はないようですが……。ハウスキーピングの担当者に問い合わせてみます。もう少し詳しく、お品物について教えていただけますか」

 ちょっと恥ずかしかったが、その品物の内容を説明した。

「冷蔵庫に置かれたのですね。わかりました。お部屋の担当者に直接確認しますので、お待ちいただけますか」

 それから、10分ほどロビーで待っていた。
 気配を感じて顔を上げると、初老の男性がスタッフらしき人を伴って近づいてくる。

「クリハラさま、私、当ホテルのハウスキーピング部門のマネージャーで、××と申します。このたびは、大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。大変貴重なものをお探しとのことで……」

 僕はびっくりして、説明した。

「あ、いえ、あの、全然貴重なものではないんですが、友人へのお土産として日本で買ってきたものでして」

「日本の伝統食品とうかがいましたが……?」

「いやまあ、伝統食品といえば、そう言えなくもありませんが」

「大変申し訳ございません。お部屋の担当者が先ほど退勤してしまい、まだ連絡が取れておりません。恐れ入りますが、もう一度お品物の内容や形などを詳しく教えていただけますでしょうか。万が一の場合は、当ホテルで責任をもって弁償させていただきます」

 僕は、かなり躊躇したが、もう一度説明することにした。

「あのですね……」

「はい」

「納豆、です」

「ナット……ですか?」

「なっとう、です。」

「それは、どのようなものでしょうか?」

「えーと、韓国のチョングッチャンによく似た大豆食品でして、黄色い袋に、3つ入っています」

気がつくと、心配そうな顔をしたスタッフが4、5人、僕のほうを見守っている。

「黄色い袋ですか」

「はい、日本語のカタカナで、ドンキホーテ、と書かれています。それから……」

「わかりました。君、もう一度確認してきたまえ。日本語とペンギンの絵が描かれた黄色いビニール袋だ」

 そう、僕が忘れたのは、ドンキホーテ中野店で買った、「金のつぶにおわなっとう3個パック」だったのだ。

 それから5分ほどして、立派な制服を着たホテルマンが、ドンキホーテの袋を手に笑顔で戻ってきた。

「お客さま! こちらでございますね!?」

 きっと、「68円」ってタグも見られちゃったんだろうなあ。当分、コエックスインターコンチには行けないな。

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新村駅は健在、だが。

一度は撤去が決まった国鉄新村駅だが、めでたく保存が決まり、健在である。

だが、今の姿を見ると、あまり手放しでは喜べない。

今、新村駅はどんな状態なのか。

こんな状態だ。

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元の駅舎の景観もへったくれもない。

ただ、「壊しません」。それだけ。

もともとごちゃごちゃした新村・梨大エリアなのだし、もう少しほっとできるような、旅の雰囲気を生かした空間を作ればいいのに、と思う。単に駅舎を残すと決めただけで、その文化的価値を踏まえた空間作りは、全く考慮されていない。何年かのち、この旧新村駅舎は、どんな使われ方をしているのだろうか。

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2006.01.25

羽田空港国際線ターミナルにて

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 ただいま、コエックス・インターコンチネンタル・ソウルに宿泊中。

 今日、初めて羽田の国際線ターミナルを利用してみた。博多港国際ターミナルといい勝負の、しょぼい可愛らしいターミナルだ。出入りする人も少ない。

 今はシーズンオフの火曜日だし、ソウルに行こうという人も少ないのだろう。そう思いながら建物に入ると、館内はものすごい熱気に包まれていた。到着ゲートに、数え切れないほどの人が群がっている。もちろん、ほぼ全員女性だ。

b0076 「誰が来るんですか?」
「あ、あのー、パクシニャンっていう、韓国の俳優さんなんですけど」
「あー、パクシニャンですか! パリの恋人の」
「……?」

 おねーさんは、びっくりした顔で僕を見た。こんな年齢国籍不明の男が、どうしてパクシニャンを知っているのか。でもまあ、こういう反応には、もう慣れた。

 それにしても、パクシニャンの出待ちに500人か。韓流はまだまだ終わってないな。

 さて、1時間後のソウル金浦空港行き機内。僕の斜め後ろに、とある女性芸能人が乗っていた。それなりに有名と思われるその人は、とくにマネージャーを連れているわけでもなく、変装しているわけでもない。いつも、テレビで見るのと変わらない姿で、週刊誌を読んでいた。

 紛う方なき芸能人が、目の前にいる。だが、誰も騒がない。「きゃー」とか叫んだりしない。もちろん、「あの、××さんですか?」と声をかける人もいない。乗客の大部分がビジネスマンということもあるのだろうけど、芸能人がどうしたの?とでも言うような雰囲気だ。

 後で聞いたところによると、その人は隣の座席の人と、ずっときさくにしゃべっていたそうだ。
 ああ、僕が隣だったら良かったのに。

 というわけで、31日までソウルにいます。

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2006.01.22

岡部が変わった。

トリノ五輪代表壮行会で、岡部孝信が団旗を受け取っていた。

これ、今日東京であったんだよね?

さっき、僕が大倉山で見た岡部は?

コピーロボット?

代表選手は大変だなあ。

それにしても、岡部は変わった。

インタビューに答えるとき

「いや……」

って言わなくなった。

昔は

「岡部さん、調子はどうですか?」

「いや……、まあまあっスね」

とか言ってたのに。

びっくりした。

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身近になったワールドカップジャンプ

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 そんなわけで、札幌遠征中。

 札幌大倉山ジャンプ競技場に来るのは3年ぶり。ワールドカップを見に来るのは、実に5年ぶりだ。

 5年前、2001年大会に比べると、目に見えて観客が少ない。あのときは、長野五輪の記憶が新しく、かなりの数の観客が詰めかけていた。今日の観客は、5年前の半分以下。やはり、日本が強くないと一般的なファンは離れてしまうのだろう。

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 観客が減ったことで、いいこともある。

 以前は、競技を終えた選手は、観客席とは反対側のゲートから退出し、ファンの近くに来ることはなかった。熱烈なファンが押し寄せ、収拾がつかなくなるからだ。

 それが、今日は観客席側にゲートが設けられ、選手は観客のすぐ横を歩いてコントロールタワーに戻るようになっている。選手の写真を撮るのも簡単だし、声をかけることもできる。ファンが減るのは寂しいが、おかげで、選手とファンの距離がかなり近くなったと言えそうだ。

 もともと、ジャンプというのは、ローカル色が強いスポーツだった。今でも、ノーマルヒルの大会は選手と観客の距離がかなり近い。宮の森のサマージャンプ大会は、観客にまじって選手が近所の人と雑談しているし、名寄の大会は地元の人たちによって豚汁が振る舞われるなど、ノリは村のお祭りだ。それが、ジャンプ観戦の大きな魅力のひとつだ。

 日本勢の不振で、ジャンプ競技に本来のアットホームさが戻ってきたと言えるだろうか。これは良いことなのか悪いことなのか。

 韓国代表のチェ・フンチョルに声をかけた。大舞台になるといきなり強くなる韓国代表だが、今日の成績は106m。41位でファイナルラウンドには進めなかった。

「で、今どちらに住んでいらっしゃるんでしたっけ? 韓国?」
「いや、東京だよ。火曜からまたソウルに行くけどね」

 ジャンプファンに混じって、韓国語で交わした会話は、とてもワールドカップの競技中とは思えない。明日は、競技終了後にごはんでも誘ってみよう。

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2006.01.19

コニカミノルタ、カメラ事業から撤退

コニカミノルタ、カメラから撤退 ソニーが「α」を継承
コニカミノルタは、不振のカメラ・フォト事業から完全撤退。「αマウント」はソニーが継承、同マウント準拠のデジタル一眼レフカメラを発売する計画だ。

鉄道少年だったころ、憧れのカメラといえば、ピッカリコニカだった。
親が持っていたミノルタカメラを借りては、サクラカラーをつめてピンぼけ鉄道写真を撮っていた。

大学時代、バイト代で買ったカメラはコニカBiGmini。
シンプルな機能で、コンパクトカメラとは思えないほどきれいに写った。

出版社に就職すると、取材に使うからと初めて一眼レフを買った。
カメラ屋で相談し、買ったのはミノルタα707si。

2000年にカメラバッグごと盗まれるまで、写真のいろはをこの機械で学んだ。

その後、キヤノンにシステムを変えて今に至るが、マーケティングより技術、というイメージのあるミノルタには、ずっと親近感を抱いていた。

コニカとミノルタが合併したときは、キヤノンのカメラを手に苦笑いしたものだ。

そのコニカミノルタが、3月末でカメラ・フィルム事業から完全に撤退する。
現在の、オートフォーカス一眼レフシステムの先駆けだったミノルタが、カメラの舞台から去ってしまうのだ。

デジタル一眼レフのαデジタルシリーズは、ソニーが事業を引き継ぐらしい。
βをつぶしたソニーに、αを守ることはできるのだろうか。

僕がNewEOSkissを買ったのがいけなかったのかなあ。
お金があれば、今からでもα7デジタルを買うんだけど。

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2006.01.16

「ちゅらさん」を見ながら

 最近、レンタルビデオ屋でみつけた「ちゅらさん完全版」にはまっている。

 ドラマのおもしろさは今さら言うまでもない。

 ところが、見ているうちに、ある空想が頭に浮かんできた。

 今は日本の一部だが、かつては琉球王国だった沖縄。そこには、今も本土とは異なる文化、言葉が生きている。ドラマでは、琉球の人と文化を、好ましいもの、癒されるものとして描いている。

 もし、このドラマの舞台が沖縄ではなく、韓国だったら、どのように描かれていたのだろうか。

 つまり、太平洋戦争が回避され、今も朝鮮半島が日本の領土だったら、という空想だ。

 今ごろ、朝鮮半島は日本にすっかりとけ込み、「あがし」とかいう朝ドラが作られていたのだろうか。

「どこに属しておろうと、沖縄は沖縄じゃ」
「ハイサイ!古波蔵家の諸君、元気だったかな?」
「沖縄の人はさぁ、横のつながりを大事にするじゃない? それはすごく好きなんだけど、欠点でもあるのかもしれないねぇ」

 こんな言葉を聞くたびに、どきりとする。

「どこに属しておろうと、朝鮮は朝鮮じゃ」
「アンニョン!金原家の諸君、元気だったかな?」
「朝鮮の人はさぁ、横のつながりを大事にするじゃない? それはすごく好きなんだけど、欠点でもあるのかもしれないねぇ」

 もちろん、逆の想像も成り立つ。

 もし、戦後沖縄がアメリカ主導で「琉球民国」として独立していたら。
 日本による沖縄支配と、沖縄戦への補償はどうなっていたか。
 在日琉球人の差別問題は。

 沖縄は、日本の47都道府県のうち、僕が足を伸ばしたことがない唯一の県だ。
 心のどこかに、カップル向けのリゾート、あるいは米軍基地というイメージがあり、避けていた気がする。沖縄戦についてはいろいろな本を読んだが、そもそも僕は琉球王国について何も知らない。

 今年は、必ず沖縄に行かなくちゃ。

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岡部孝信、異次元を飛ぶ

 岡部孝信、STVカップ優勝。これで、金曜の札幌オリンピック記念(宮の森)、土曜のHTBカップ(大倉山)と合わせて、岡部が3連勝を飾った。

 岡部のジャンプは、すごかった。

 まず1本目。139.5mを飛んで、2位に14.5m/23.6ptもの差をつけた。

 そして2本目。岡部は自らスタートゲートを5段(2.5m)も下げて条件を悪くした。それでも、飛距離は128m。2位に約15pt差をつけての圧勝だ。

 これほど強い岡部、というか日本選手は久しぶりだ。他の有力選手が時速90km台で飛んで飛距離は130m前後というなか、岡部はゲートを3~4段下げて時速88.3kmで飛んだ。それでも飛距離は128m。飛び出しのスピードが1km違うと、飛距離に5mの差が出ると言われているので、岡部は単純に言っても他の選手とは10mの差があると言える。

 だが、岡部は今シーズンまだワールドカップシリーズで表彰台に立っていない(4位が最高)。逆に言えば、それだけ日本と世界に差がついてしまったということだ。だが、岡部なら、もう一度ワールドカップで勝つことも夢ではない。というか、今の状態を保てるなら、それは時間の問題と言える。

 以前は、絶頂期の原田が自らゲートを下げて飛び、「原田ゲート」と呼ばれるなど、日本のトップ選手のレベルは世界でもぬきんでたものがあった。なぜ、今のような低迷を招いたかは僕ごときが言うことではない。ひとつ言えるのは、「ルールが日本に不利なように変更されたから低迷した」という言い訳は、全くの誤りだったということだ。「ルール変更によって飛べなくなった」はずの岡部が、おそらく日本のジャンパー一ともいえる努力によって、これほどのジャンプを完成させているのだ。原因は、別のところにあったと考えるべきだ。

 それにしても、HTBカップといい、STVカップといい、トリノ五輪の宣伝のついでにジャンプもちょこっとやってあげる、みたいな番組構成には呆れるばかり。こんな姿勢だから、ファンが定着しないんだよ、と言ってみる。

 来週は、ワールドカップ札幌大会。

 久しぶりに、ワールドカップが楽しみだ。もちろん、行く。

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2006.01.13

男たちの大和/YAMATO

c0005  ちょっと電話チェックをしただけで、ぽっかり空いた午後。
 「男たちの大和/YAMATO」を見てきた。

 感想。僕にとってはダメ映画。これでは、乗組員たちがかわいそう。

 以下、かなりネタバレあり。

 新宿歌舞伎町の映画館に行ったが、平日の夕方ということで入りは2割程度。年配の人と垢抜けない感じの男性客が多いのは予想通りだった。

 この映画は、大和に乗り込んださまざまな人物にスポットをあて、それぞれが背負った宿命と悲劇を描く、という展開だったらしい。らしい、というのは、2時間半の映画に多くの人物を詰め込みすぎて、誰が誰だかよくわからなかったのだ。

 そもそも、主人公は神尾なのか、それとも内田か。

 物語は、回想という形を取っているが、実質的には神尾が大和に配属された昭和19年春から始まる。だが、それから昭和20年春の天一号作戦発動までの展開は、あまりに忙しい。1時間ちょっとの間に、神尾、伊達、森脇、内田、西、常田、児島といった人物が次から次へと登場し、艦内での訓練、しごき、レイテ沖海戦までが描かれる。これでは、ひとつひとつのエピソードがおざなりになるのもしょうがない。その結果、いかにも類型的な、「さあ、感動してね」みたいなセリフばかりが目立ってしまった。細かく描いている時間がないからだ。エピソード自体も、兄弟を失いとか、機銃掃射で、とか、広島の軍需工場で、とか、「おめおめと~」とか、いかにもなものばかり。

 原作を読んだときは、あまりに個々の乗組員の描写に力を入れすぎ、大和という軍艦が背負った運命がいまひとつ伝わらないと思ったものだ。それを描いてこそ、「"男たちの"大和」になると。ところが、この映画は肝心の乗組員の宿命さえわからない。それぞれに「戦争映画のお約束」的なエピソードをちょっとずつ語らせ、最後は一方的な戦いで無惨に死なせてしまう。

 果たして、この映画は「大和」を舞台にする必要があったのだろうか。

 話題になった大和の甲板を再現した実物大のセットも、生きていなかった。規模はすごいが、見てくれがいかにもセットで、いつもピカピカ。レイテ沖海戦の時には、対空戦闘でひどくやられたのに、戦闘後の水葬シーンになると甲板には傷ひとつない。逆に沖縄特攻戦では、直撃弾を受ける前から壁が血に染まっていた。細かいところの作りが、雑なのだ。

 2時間ほどの時間で、辺見じゅんの原作をすべて描くことなど無理だ。

 内田なら内田、神尾なら神尾にはっきり焦点を当てて、その視点から軍艦「大和」、そして戦友たちの死にざまをしっかり描いてほしかった。

 あんな、ダイジェストみたいな描かれ方をして、大和の乗組員たちはきっと無念だろう。

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2006.01.12

ATOK 全国一斉日本語テスト

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 午後までヒマなので、今日から始まった「ATOK presents 全国一斉日本語テスト」をやってみた。

 ……うーん、なんとか、格好はついたみたい。

 漢字の問題で2問も間違えたのは、パソコンばかり使っている弊害が出たと言えそうだ。ひとつは送りがな、もうひとつは"へん"を間違えた。しっかり漢字を覚えていない証拠だ。

 筆無精なので、手紙の問題のほうが間違いが多いだろうと思ったのだが、意外なことに全問正解。はっきり覚えていなくても、問題を読んで常識で考えれば自然に答えがわかったという感じだ。勘が当たった、とも言う。

 興味のある方はどうぞ

 

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カムジャミョンに感動

b0070  この前、東京に遊びに来ていたうめぼしこんぶに、 インスタントラーメンの「カムジャミョン(じゃがいも麺)」をもらった。

 麺の67%が、ドイツ産のじゃがいも澱粉でできているというこのラーメン。前からスーパーなどでパッケージは見ていたが、なんとなく地味なデザインで、心惹かれるものがなかった。ところが、やはり在韓歴2年のうめぼしこんぶが、なにやら力を込めてそのすばらしさを力説するのだ。

 「すっごくおいしいんですよ!」

 なんでも、年末に韓国に行ったとき、大人買いしてEMSで日本に送ったらしい。そこまでしなくても、大久保のスーパー漁れば見つかるんじゃないだろうか、と思いつつ、彼女がおいしいということは、きっと旨いんだろうと期待して持ち帰った。

 で、今日やっと作ってみたんですが

 ……。

 ちょっと、あんた!

 これ、旨いじゃないですか!!

 いや、これはなかなか旨いですよ。

 麺はしこしこ、というか、つるつる。で、インスタントとは思えないほどコシがある。これ、ほんとにフライ麺だろうか。なんというか、春雨のような食感のラーメンとでも言うべきか。でも、それだとあまり旨そうじゃないし。

 スープは、サッポロ一番塩ラーメンを思わせるさっぱり味。卵を落とすと、いい感じ。

 いやあ、これは、恐るべきインスタントラーメンですよ……。

 辛ラーメンもそうだが、韓国の袋麺のレベルは、本当に高い。日本は、ラーメン専門店に遠慮して製麺技術の出し惜しみをしているんじゃないかと思うほどだ。

 明日、大久保でこれ売っていないか探してみよう。

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2006.01.11

ニコン、フィルムカメラのラインナップを見直し

ニコン、銀塩カメララインナップを縮(デジカメwatch)
~デジタルカメラに集中 

 ニコンは11日、同社製銀塩カメラボディ、レンズ、アクセサリのラインナップを縮小し、デジタルカメラ事業に経営資源を集中すると発表した。

ニコンニュースリリース

 ニコンが、一般向けフィルムカメラ市場から事実上撤退。マニュアルカメラだけでなく、一気にオートフォーカスカメラも、2機種を除きすべて生産終了するという。

 いずれ、そうなると予想はしていたが、キヤノンより先にニコンが決断したというのが、なんとも皮肉だ。

 キヤノンとニコン。キヤノンは新しい技術をどんどん取り入れ、過去の製品との互換性を犠牲にしてでも新技術に最適な製品を開発するメーカーだった。一方ニコンは、半世紀以上に渡る自社製品の互換性を何より大切にし、職人的な熟成された技術を提供するメーカーだった。

 ところが、そのニコンがキヤノンより先にフィルムカメラの舞台から降りようとしている。

 デジタルでトップを走るには、いや、デジタルでキヤノンに対抗するには、全社を挙げて取り組まなくてはならないのだろう。光学技術一筋だった職人集団・ニコンは、総合メーカーであるキヤノンにデジタル市場で対抗していくのは、並大抵のことではない。現在販売されているニコンデジタル一眼レフの心臓部であるCCD/CMOSは、自社開発品ではないのだ。

 ニコンが引き続き生産・販売するフィルムカメラは、ふたつ。ひとつは、ニコンのフラッグシップで30万円近くするF6、もうひとつは海外向けの超廉価版入門機、FM10。後者は、他社が開発したOEM製品だから、事実上最高級機1機種のみ残すということだ。

 今年から、フィルムを使って写真を撮る行為は、極めて趣味的な、アンティークの世界に入っていくのだろう。

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2006.01.09

眠れないほど悩んだこと

朝4時まで、僕は頭を悩ませていた。

「カラー映像記録・よみがえる昭和初期の日本」を録画するか、「火消し屋小町」録画するか。貴重な戦前のカラー映像はぜひ保存版にしたいし、池脇千鶴主演の夜ドラの名作と言われる「火消し屋小町」も捨てがたい。悩む。

で、今。

_| ̄|○  <両方忘れてた……

 で、事務所のテレビで「火消し屋」鑑賞中。

 消防士学校の寮でボヤを起こす、池脇千鶴。実にタイムリーな展開だな。

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トリノ五輪ジャンプ代表

トリノ五輪:モーグルの里谷ら代表選手に(毎日新聞)

 また、ジャンプ陣では、岡部孝信(雪印)、葛西紀明(土屋ホーム)、伊東大貴(同)ら今季の成績が上位の3人に加え、原田、一戸剛(アインズ)、16歳の伊藤謙司郎(北海道・下川商高)の計6人が代表に内定。

 というわけで、残念ながら宮平は代表漏れの模様。W杯に出ても、ここのところ予選落ちが続いていたから、しょうがないか。札幌のワールドカップは、精一杯応援しよう。

 原田はこれでアルベールビルから5大会連続の出場。これは単純にすごいことだ。なにせ、アルベールビルオリンピックといえば、純ジャンプにようやくV字ジャンプが定着した頃。ジャンプとクロカンの両方で争う複合では、荻原健司を除いてほとんど全員がクラシックジャンプ(厳密にはX字ジャンプ)だった時代で、今回初代表に選ばれた伊藤謙司郎くんなど、まだ2歳の赤ん坊だったのだ。

 同じくリレハンメル、長野の代表だった岡部の復活も驚いた。長野のとき、そのクールな態度で女性ファンが急増した岡部だったが、ルール変更の影響を真っ先に受け、5年以上低迷していた。それが、今や表彰台こそないものの、W杯入賞の常連である。

 確かに、トリノではメダルは難しいかもしれないが、原田や岡部のジャンプを見られるだけでも、楽しみだ。

 ちなみに、韓国は今回もチェ・フンチョル、カン・チルグ、キム・ヒョンギ、チェ・ヨンジクの4人で出場する模様。

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2006.01.07

NHKチャングムスペシャル放送中

大長今テーマパークで収録したのか。

 阿部美穂子、あいかわらずイタイ…… いや、明るいなあ。久しぶりに阿部美穂子の韓国語を聞いたが、さすがに上手い。僕が韓国に留学した当時、阿部美穂子はNHKハングル講座のレギュラーだったのだが、その当時とは比べものにならない。愛の力はすごい(笑)。

 チョ・ジョンウン(チャングムの子役)、さすがに発音いいね。

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さようなら下関駅舎

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 関門トンネルと歴史を共にしてきた、下関駅舎が失われてしまった。僕は、3回くらいしか訪れたことがなかったが、昔ながらの終着駅の貫禄を残した、旅情あるいい駅だった。

 99年には、死者5人を出した下関通り魔殺人事件の現場となるなど、晩年の下関駅は運に見放されていたように思う。

 2003年7月、関釜フェリーの取材で訪れたときの写真を載せて、下関駅舎に哀悼の意を表したい。

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日本語への"こだわり"

 僕は、日本語にはうるさい方であるらしい。
 「ら抜き言葉」は、まず使わない。「読まさせていただく」のような「さ入れ言葉」も、受け付けない。

 「早急」は「さっきゅう」であって、「そうきゅう」などと読んでいる人を見ると説教したくなるし、「全然大丈夫」なんて、全然日本語になっていないとさえ思う。

 ライターだから、と言ってしまえばそれまでだが、僕は、それがちょっと度を超しているところがある。高校時代、放送部のアナウンサーだったせいかもしれない。

 たとえば、「とても」。

 「とても大きい」、「とても安い」。これに、違和感を感じる。話し言葉ならまだしも、書き言葉では僕はまず使わない。

 「とても」とあったら、本来は後ろには否定が来なくてはならないのだ。

 「とてもできません」、「とても間に合わない」。どうしてもできない、無理だ、というニュアンスで使うのが本来の意味だ。それが、いつの間にか「very」の意味で使われるようになってしまった。

 だが、たしかに、話し言葉だと適当なのがない。

 「すごく大きい」だと幼い感じだし、「非常に大きい」だと堅苦しい。しょうがないから、「とても大きい」もありかな、と思う。ただ、僕は主に「すごく」を使っているはずだ。

 「本日より発売開始」。

 これもおかしい。
 「発売」というのは、売ることを始めることだ。「発売開始」と言うと、「始める」という言葉が重なっている。それを避けるには「本日より販売開始」という言い方があるが、これだとある店舗の業務を指しているようなニュアンスだ。結局、「本日発売」がいちばん正しいということになる。

 そんなめんどくさいことを言っておきながら、「上を見上げる」という言葉には違和感を感じないのだから、ご都合主義もいいところ。結局は、どういう日本語に慣れ親しんできたかによるのだろう。こんな自分の頭をうとましく思いつつ、心のどこかで誇っていたりするのだから、やっかいである。鬼気迫る、をちょっと前まで「おにけせまる」と読んでいたくせに。

 湖畔にたたずむペンション
 弱冠15歳で世界の頂点に
 男はすべからく女好きである

 さて、どこがおかしいかわかりますか?

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下関駅炎上中

午前2時5分ごろ出火。

今は3時半。強風にあおられ、全焼の勢いとのこと。

港町らしい、いい駅舎だったのに。

一刻も早い鎮火を願いたい。

今、4時のニュースで映像を見た。全焼し、ほとんど崩れ落ちている模様。残念だ。

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2006.01.06

2006年の一大決心?

 1年の計は元旦にあり。というわけですでに6日だが、僕も新年を迎えるにあたり、一大決心をすることにした。

 困難というものは、それが険しければ険しいほど、乗り越えたときの喜びが大きくなる。かのロアルド・アムンゼンの南極点初到達然り、ドーバー海峡横断部のドーバー海峡横断達成然り。

 僕の一大決心とは、これだ。

 毎朝9時に起きる。

 まちがえた。

 青色申告をする。

 ……たいへんな決心である。複式簿記に仕訳、貸方・借方、事業主貸。すでに何のことやらさっぱりわからないが、この困難を乗り越えれば、最大65万円の特別控除……簡単にいえば、来年から毎年6万5000円返ってくるのだ。ほかにも、いろいろ特典があるらしい。何より、今までのようなどんぶり勘定ではなく、フォトライター・栗原 景の収支をきちんと把握・管理できるというのが大きい。事業者としての自覚も持てるだろう。

 青色申告は、専用の会計ソフトを使うとカンタンだというので、さっそく体験版をインストールしてみた。

「ラクラクエスコートを利用して初期設定しますか?」

 もちろん、イエスだ。ラクラクエスコート。カンタンに事業者の初期設定ができるよう、ソフトがエスコートしてくれるというわけだ。宣伝にも、「初心者でも安心の機能でかんたんに導入・使用できます」と書いてある。

 事業者名と住所。屋号は僕の場合本名だ。住所は自宅と事務所があるが、自宅のほうで申告するつもりなので、自宅の住所を書く。

 分野はサービス業でいいはずだ。消費税申告区分は免税業者。電子帳簿保存はしない。

 かんたんかんたん。

「部門設定をしますか?」

 …なにそれ。

「部門設定。小部門、コード、正式名称、簡略名称」

 ……。

「小部門イニシャルキー、共通部門配分、従業員数。事業主報酬見積額。所得区分。」
「売上債権残高設定」
「仕入債務残高設定」

 "必要な項目を入力してください。"

 _| ̄|○

 ラクラクなエスコートにすらついていけない。果たして僕に、青色申告はできるのだろうか。

 さて、確定申告の準備でもするかな。

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2006.01.04

2006年、谷中のネコども

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 正月と言えば、谷中ぎんざ・夕やけだんだん。

 イラストレーターの友人と、久しぶりにネコどもの写真を撮りに来た。

 谷中に来るのは8月以来だが、見慣れたネコどもは変わりなく新年を迎えたようだ。

 こいつも。

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 どかっ

お、お前は……

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何か、文句でも?

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ZZZZ....

太りすぎのミケは、またしてもや約30分、離してくれなかった。

やっとの思いで引きはがし、坂の上の駐車場に行こうと立ち上がった。

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イカセネーヨ。

ううむ、強敵だ。

1枚目と4・5枚目=EOS 10D、2・3枚目=WX310SA(PHS)

追記:友人のOくんが撮ってくれた写真を追加。

降りろ。

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イヤじゃ。

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2006.01.03

フジヤカメラ福袋

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朝8時半ごろの状況

2006年のレポです。2007年はこちらこちら

 珍しく6時に起き、そそくさと家を出た。目指すは、中野北口・フジヤカメラ本店。プロ・アマを問わず、写真を撮る人なら誰でも知っている、超有名カメラ専門店だ。毎年1月3日、このフジヤカメラが熱く燃える。

 300個限定の、1万円福袋が販売されるのだ。

 フジヤカメラの福袋は、ぜったいに損しないようにできている。

 お金を払うと、その場で1万円分のポイントカードをもらえる。つまり、福袋の中身のぶんだけ、必ずトクをするというわけだ。福袋の中身は、メーカーからの協賛品が中心だが、大当たり(+9万円分のポイント)が3本、中当たり(+2万円分のポイント)も10本入っている。

 そう言うわけで、毎年1月3日は、寒さにも負けず早朝から長蛇の列ができるのである。

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今年の整理券は165

 福袋の販売開始は9時だが、300枚の整理券は7時半までになくなってしまった。毎年、少しずつ締め切られる時間が早くなっている。来年は、7時では危ないかもしれない。中には、乳母車を押して猛ダッシュしてくる夫婦もおり、中の子どもも大変だ。

 8時45分から販売が始まり、10人ずつ店に入って店内にずらりと並べられた福袋を取って行く。なじみの客が多いので、袋の重さを比べたり振ったりする人はいない。皆、迷いもせずに適当な袋を取っていく。僕も、店に入る時最初に目が合った袋を迷わず手にした。

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 流れるように会計を済ませ、エクセルシオールカフェで中身を確認。

・キヤノンタオル
・コニカミノルタ折り畳み傘
・ニコンようかん
・ライカストラップ
・ブロニカレンズケース
・ブロア
・パナソニッククリスタルストラップ
・フィルムISO400-24 3本
・1万円分ポイントカード

 まあ、去年とあまり変わらず、ハズレなほうだが、実用的なオマケが多く、満足度は高い。

 10時から始まる通常営業&新春セールを見るため、9時半に店に戻る。
 開店を待つ行列で、隣になったおじさんとカメラ談議が弾んだ。大当たりはなかったが、なかなか楽しい初売りだった。

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2006.01.02

車内での出会い

「あの、これいかがですか?」

 八戸行き「はやて13号」。窓際の席から、女の子の声と共に手が伸びてきた。

 フツーの、じゃがりこ系スナック菓子。

 一瞬、意味がわからなかった。

「え? あ、はい、いえ、大丈夫です」

 意味不明な受け答えをしつつ、その声の主の顔を見た。
 若くかわいい……というか、幼ささえ感じる女の子だ。

 ようやく、事態を飲み込むと、僕はなんだか嬉しくなってきた。

 この子は、列車で偶然隣りに座った人に、普通にコミュニケーションをとっているのだ。

「あ、そうですか……」

 ちょっと申し訳なさそうにお菓子を引っ込める彼女に、話しかけてみた。

「どちらまで行かれるんですか」

 僕が中学生くらいのころまでは、列車の中で同席した人に話しかけるのは、ごく普通のことだった。どちらまで行かれますか。ちょっと込んでますね。雑誌、お読みになりますか。

 それが、いつのころからか、ほとんど見られなくなってしまった。4人座席の急行が減って、特急ばかりになったからだろうか。プライバシーの意識が高まりすぎて、ちょっとしたコミュニケーションがとりにくくなったのかもしれない。

「八戸までです」
「あ、僕もですよ。速くなりましたね」
「お仕事ですか? あ、実家が青森とか……」
「いえ、今日は遊びです。今日だけ使える安いきっぷがあるんで……。ご実家に行かれるんですか」
「はい、昨日まで仕事で、やっと。でも、明後日には戻らないと」

 こういう、車内でのちょっとした出会いを楽しむなんて、何年ぶりだろう。

 それからしばらく、僕はその女の子と他愛のない会話を楽しんだ。彼女は中学のころから福祉の仕事をするのが夢で、高校時代に資格をとり、卒業と同時に上京したのだそうだ。そして、上京してから9カ月たった今日、初めて実家に帰るのだという。

 足下には、東京ばななとか、ひよことか、東京のお土産袋がいっぱい置かれている。

 きっと、彼女の名前はろくこちゃんに違いない。

 新年早々、小さな、心温まる出会いだった。

プライバシー保護のため、実際とは若干内容を変えてあります。

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2006.01.01

元旦は日帰りで青森へ

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

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八戸発青森行き特急「つがる」

 新年最初の日は、日帰りで青森へ。JR東日本が毎年出している、元旦限定の「正月パス」1万2000円を利用した。

 とりあえず、初乗りの東北新幹線「はやて」で八戸まで行き、後は現地で考える。選択肢は、浅虫温泉で一浴びし、青森で郷土料理を食べるか、金田一温泉に入って盛岡で冷麺を食べるか。盛岡冷麺に惹かれ、一度は盛岡コースを選ぼうとしたが、八戸駅前で見つけた食堂で鮭はらこ飯を食べているうちに列車が行ってしまった。まあいいか、と目的地を青森に変更。

 結果的にはこれが正解だった。浅虫温泉には、駅前に立派な道の駅「ゆ~ざ浅虫」ができており、公衆浴場と同じ350円で温泉に入ることができたのだ。5階の展望浴場で、陸奥湾を眺めながら入る湯は格別だ。

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浅虫温泉駅前から陸奥湾を眺める

 青森に着く頃には早くも日が暮れ、適当な料理店を探す。みごとなつららを眺めたりしながら、結局入った店は、駅前でチラシを配っていた郷土料理店。青森弁で気さくに話すおばちゃんと喋りながら、赤ソイ焼きやホタテ刺を楽しんだ。

 もろもろの経費を含め、旅費は総額約1万7000円。新年早々、なかなかいい旅だった。

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ニートな年越し

 大晦日。夕方から事務所で資料整理と今さらながらの年賀状作り。もともと筆無精ということもあって、韓国留学以来年賀状を書く習慣からご無沙汰していた。

 会社をやめて5年。三鷹の家を引き払い、翌年には中野の実家も諸般の事情で引っ越した。そのため、年賀状などでしか繋がりがなかった人とは、ほとんど音信が途絶えてしまった。去年もそれなりに出したが、かなりの数が宛先不明で戻ってきてしまったのだ。

 転職する人が増えたこともあり、3年前に会った人が、今もその会社にいるかは、年賀状を出してみないと分からない。僕の元いた会社にも、未だに1~2通年賀状が届く。どこで名刺交換をしたのか思い出せない人が多く、申し訳なし。

 作業をしながら、テレビをつける。みのもんたの司会で紅白が始まった。なんだか、今どきのバラエティ番組みたいで、紅白っぽくない。和田アキ子を白組に、なんて、こんなことをやっていては紅白も終わりなのではないだろうか。やっぱり、紅白の司会は宮田輝にやってほしいな。ちょっと厳かなムード漂う紅白が、なんだか懐かしい。

 作業が終了するころから、ジャンプ友だちとYahooメッセンジャーで盛り上がってしまい、帰宅したのは22時半。部屋の片付けに手を付けておらず、きれいな身体での年越しは絶望的だ。とりあえず領収書やらを整理して、最低限の整理ですませる。

 元旦。そのとき、僕は再びYahooメッセンジャーに興じていた。メッセ友だち、つまりジャンプファンの友だちは、 10人くらいいるが皆6年以上の付き合いになる。実際に顔を合わせるのは年に1~2回あるかないかなのだが、ジャンプファンであるという以上にウマが合うらしく、この手の友だちとしては奇跡的なくらい息が長い。圧倒的に女の子が多いのだが、ほとんどそれを意識することもなく、気兼ねなく話せるのがいいみたい。

 新年早々、みんなにいじくられまくった挙げ句、3時に終了。

 この24時間、言葉を喋ったのは親父との会話と食堂の注文くらいだった。

 なんだかニートな年越しだ。

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