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2005.08.13

1985年8月12日

 20年前の8月12日。

 中学生だった僕は、親戚と一緒に毎年恒例の五日市へ水遊びに行っていた。

 秋川の河原で一日遊んだ、その帰り道。

 車の中で、僕はうとうとと居眠りしていた。

 目を覚ますと、あたりはもう暗い。時計を見ると、7時半をまわっている。

 さっきまでにぎやかだった車内は、妙に静かだった。

 聞こえるのは、ラジオの音ばかり。

 ものすごく緊迫した雰囲気が、アナウンサーの口調から伝わってきた。

「飛行機の事故らしい」

 親父が言った。

「繰り返します。運輸省の~に入った連絡によりますと、今日午後7時頃、東京から大阪へ向かっていた日本航空のジャンボジェット機が、レーダーから消えました」

「レーダーから消えた」という表現が、子供心にものすごく恐ろしかった。事故、とも、墜落、とも言わず、「レーダーから消えた」。飛行機は、どこへ行ってしまったのだろう。

 その晩は、自宅に帰ってからもずっとテレビのニュースを見ていたはずだ。でも、具体的なことはほとんど覚えていない。唯一はっきり覚えているのは、生存者発見の一報が入ったときのことだ。手を叩き、バンザイした。そして、泣いた。ニュースを見て泣いたのは、後にも先にもあのときだけだった。

 今だから白状するが、生存者の一人、川上慶子さんにお見舞いの手紙を書こうとしたのは僕だ。当時聞いていたラジオ番組、「三宅裕司のヤングパラダイス」の「チェッカーズに会える権」プレゼントに、「当たったら川上さんに譲る」と書いて熱心に応募したのも僕だ。ほかにも生存者はいたのに、これだ。若かったとしか言いようがない。

 それだけ、衝撃的な事故だったということだ。

 皆さんは、あの日、何をしていただろうか。

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Comments

中野星の会で、菅平に行ってました。

Posted by: renoma | 2005.08.14 at 00:21

中野星の会か~ 懐かしいというかなんというか、若き日を思い出しますなあ。

たしか、高校の天文部も、合宿で野辺山行ってたんだよな、あの日は。

Posted by: かんりにん | 2005.08.14 at 00:49

川上慶子さんと同い歳で島根育ちです。
あの日(というか、墜落の次の朝)は通っていた中学校の「出校日」で午前中学校へ。
同じクラスのA君が少年院送りになった大ニュースを母親に伝えようと思い、
「お母さん、お母さん、Aくんがね~!!」
というのを遮って、母親が
「それよりMINちゃん、飛行機が落ちて出雲の子がたすかっちょう!(←出雲弁)」
以後、ず~っとテレビに釘付けでした。
焼けこげた山に散乱する機体や、助けられる慶子さん、体育館にならべられた棺・・・今でも目に焼き付いてます。

Posted by: min | 2005.08.16 at 00:06

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