« 公平な実況はどこへ? | Main | ちほく高原鉄道廃止へ »

2005.03.27

大統領の理髪師(原題:孝子洞理髪師)

5005

(本エントリには若干のネタバレを含みます)

 久しぶりに韓国映画を劇場で見た。ソンガンホ、ムンソリという、僕の大好きな役者が共演しているとあって、どうしても映画館で見たい映画だった。

 舞台は1960年代のソウル、景福宮の裏にある大統領府「青瓦台」。その隣にある孝子洞の住民は、とくに政治思想があるわけではないが、「大統領のお膝元に住んでいる」というだけで政権与党を応援している。理容店を営むソン・ハンモも、そんな平凡な住民のひとり。ハンモはある日青瓦台に呼ばれ、大統領・朴正熙の髪を毎週刈る専属理髪師になる。以来12年にわたり、「漢江の奇跡」と呼ばれた朴正熙政権の内幕をつぶさに見ることになるのだが……。

 おもしろかった。脚本、というか展開には少々冗長なところもあったが、登場する人々の魅力がそれを遙かに上回っていたと思う。

 ほかのブログや映画評を見ていると、ソンガンホ演じるソンハンモ一家の家族愛を評価している人が多い。それ自体に異論はないが、僕が注目したのは、むしろ大統領・朴正熙の描き方だった。

 「四捨五入という言葉は、日本から渡ってきたものだ。国家は、教養のあるものが滅ぼす。議会に残る(親日派の)残党を一掃せねばならん」と言っていた朴正熙。その彼も、元は旧日本陸軍士官学校の出身だ。機嫌が良いときには、「今日も、最高の1日だ」と日本語で言っておどけて見せる。そのときの、劇場内の微妙に凍り付いた笑いは、この映画でもっとも印象的な光景だった。

 ソンハンモと言葉を交わす朴正熙は、それなりに人間味のある指導者として描かれる。しかし、「朴正熙政権」という国家を通じてソン一家と孝子洞にもたらされる事件は、独裁政権らしい狂ったものだった。ハンモは、自分が仕えている大統領がその張本人であることを、頭のどこかではわかっているのだが、日常の中ではそれを実感することができない。目の前にいる人物は、「自分を理髪師として信頼してくれる指導者」なのだ。そのギャップが可笑しく、そして切ない。

 朴正熙が暗殺によって命を落とした後、韓国は全斗煥時代を迎える。全斗煥+理髪師となれば、あれしかない。ハンモが全斗煥に発した言葉で、僕も少し楽になった。

 ラストは、あの人物が言ったとおりの奇跡、ということなのかもしれないが、僕は、地道な家族の努力と愛情がもたらした結果と信じたい。

 欠点も多いが、魅力的な作品だ。できることなら、劇場で見てほしい。


この映画で登場する語句・事件の説明(適宜追加します)

四捨五入改憲
 李承晩政権時代の1954年11月7日、大統領の3選を禁止した条項を廃止する憲法改定案に対する採決が行われ、国会議員203名中、135人が賛成した。可決に必要な「議員の2/3」は135.3、つまり136だったので、いったん改憲案は否決された。ところが翌日、小数点以下は四捨五入で切り捨てられ、可決に必要な「議員の2/3」とは135票のことであるとされ、否決の取り消しが発表された。改憲案は11月27日に再び採決され、成立した。

マルクス病事件
映画の中だけに存在するフィクション。実際には、このような事件はなかったそうだ。

|

« 公平な実況はどこへ? | Main | ちほく高原鉄道廃止へ »

Comments

TBどうもありがとうございました。
本当にこの映画は面白かったです。
印象的なシーンがとても多い。
ワークアウトするときはつい「閣下は国家だ」という
シーンを思い出して、笑ってしまったりします。
朴正熙は人間味のある指導者に描かれてましたね。
そして実際よりもかなり男前にも描かれてた気がします。

Posted by: soon | 2005.03.27 20:51

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 大統領の理髪師(原題:孝子洞理髪師):

» 大統領の理髪師(孝子洞理髪師) [月下独想]
この映画は面白い。 私の笑いツボにハマル。ハマル。 面白すぎて、のた打ち回ってしまった。 [Read More]

Tracked on 2005.03.27 20:37

» 大統領の理髪師 [最近の出来事]
ソンガンホ主演の映画。最近みている韓国映画は重たいものがおおいのでソンガンホの映画に期待した。 期待通り。庶民の映画って感じ。寅さんぽいかな。はじめから笑いまく... [Read More]

Tracked on 2005.03.30 11:41

» 大統領の理髪師 [gantakurin's シネまだん]
監督:イム・チャンサン  出演:ソン・ガンホ ムン・ソリ   9.5点 ガンホワールド全開です。    と・に・か・く、ソン・ガンホの演技に笑わされて... [Read More]

Tracked on 2005.04.03 01:15

» [IZ]:「大統領の理髪師」 [Internet Zone::Movable TypeでBlog生活]
今日もまた、渋谷Bunkamuraル・シネマで映画を見てきました。韓国映画「大統領の理髪師」です。(今年9本目…8本目が飛んでいるのは投稿し忘れ。あとで書き込... [Read More]

Tracked on 2005.04.03 11:26

» cinema@大統領の理髪師 [RummyChocolat]
『シュリ』や『殺人の追憶』で知られる実力派、ソン・ガンホ主演の 『大統領の理髪師 [Read More]

Tracked on 2005.04.20 02:38

» 朴正熙(パク・チョンヒ ぼく・せいき)韓国大統領 [良い子の歴史博物館]
北朝鮮問題が世間を騒がしています。史上最悪の部類に属する圧制のもと、 北朝鮮はどうなっていくのでしょう? ところで、私(40代)が小学生の頃に聞かされた話では、 「北朝鮮は工業が発達しているが、南の韓国は経済が遅れた農業国」だというものでした。 これは日本統治時代に朝鮮半島の鉱工業の設備投資が北側に集まっていたからなのだろうと 想像します。 北朝鮮の方が経済的に発展し、韓国は貧乏であるという話だったと記... [Read More]

Tracked on 2005.04.22 14:15

» 全斗煥 [「全斗煥」]
全斗煥全 斗煥(チョン ドゥファン、1931年1月18日 - )は、大韓民国の軍人・政治家。韓国第11〜12代韓国の大統領|大統領(在任:1981年 - 1988年)。日本では、漢字の日本語読みで「ぜん・とかん」と読むこともあるが、1980年代以降は韓国語原音に近い読みがマスメディ... [Read More]

Tracked on 2005.05.04 02:43

» 映画「大統領の理髪師」 [ある在日コリアンの位牌]
?中村 祐介, イム チャンサン大統領の理髪師 ビデオメーカー大統領の理髪師    この映画は、1960年代から70年代。李承晩大統領、朴正熙大統領、そして全斗煥大統領登場までの韓国の現代史を舞台としています。    大統領官邸「青瓦台(チョン... [Read More]

Tracked on 2005.10.02 13:16

« 公平な実況はどこへ? | Main | ちほく高原鉄道廃止へ »